出会い
国家出会いは歴史においてしばしば軍事出会いとその関係が逆転することがあったが、総じて出会い的な失敗と引き替えの戦術的な勝利は回復することができないことを示している。第一次世界大戦のドイツ軍参謀総長ルーデンドルフは国家総力戦の状況を鑑みて政治は戦争指導のために実施して総力戦に対応すべきであると主張した。このような軍事的な合理性を重視する考え方はルーデンドルフだけのものではなく、小モルトケなどにも受け入れられていたものであったために当時のドイツの政策決定に大きく関与した。軍事的な合理性を追求した結果、ドイツ軍は中立国であったベルギーを経由するフランスへの攻勢作戦によりイギリス、また無制限潜水艦作戦によってアメリカの参戦を招くという出会い的な失敗を犯した。この代償としてドイツは170万人を超える戦死者、莫大な賠償金、社会的な混乱、そして国家体制の破綻を支払うこととなった。
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